パルテノン神殿(Parthenon)
パルテノン神殿について
パルテノン神殿は、ギリシャ神話の知恵・戦略・工芸の女神アテーナー(Athena)に捧げられた神殿です。
オリジナルの神殿は、紀元前492年から紀元前449年のペルシア戦争によって破壊されました。
後に、古代アテナイの政治家ペリクレス(Pericles)の主導で、紀元前447年から紀元前438年にかけて大部分が再建されました。
彫刻を含む装飾工事は、彫刻家のペイディアス(Phidias)の監修により、紀元前432年まで行われました。
神殿は、ペンテリコン山(Pentelikon)の白大理石のみで建設されています。
幅30.9メートル、長さ69.5メートルの基壇の周囲を列柱が取り囲む、ペリプテロス形式を採用しています。
ドーリア式の円柱は、直径1.9メートル、高さ10.4メートルの大きさで、合計46本が設置されています。
柱の中央に僅かな膨らみを持たせ、上部に向かって徐々に細くする建築技法のエンタシス(Entasis)が採用されています。
また、基壇の中央を僅かに隆起させることで、建物を下部から見上げた際に水平・垂直に見える視覚効果が施されています。
円柱上部のエンタブラチュアと呼ばれる梁には、72枚のメトープが設置されています。
北側にはトロイア戦争、東側にはギガントマキアーの戦い、南側にはケンタウロスとの戦い、西側にはアマゾンの戦いが描かれています。
神殿の中央には、イオニア式の柱で囲まれた主室のセラ(Cella)が設置されました。
東側の主室には、金と象牙で作られた高さ12メートルのアテーナーの彫像が祀られていました。
西側の後室は「パルテノンの間」と呼ばれ、ペルシア帝国の来襲に備えて結ばれたデロス同盟の財宝を保管する金庫として機能していました。
現在も、古代建築の保存・修復プロジェクトが継続されており、失われた部材の復元や補強工事が行われています。
古代ギリシャ文明を象徴する存在として、越した建築技術と美意識を現代へ伝える建築です。
パルテノン神殿の写真


















